京都在住7年目のフードコーディネーター・フードアナリストです。
4月から沖縄生活始めます。

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幸せは
 




私の好きな言葉です。

例えどんな状況にいても ‘幸せ’ と思うことは大切なことだと思っています。
辛くても泣いても、愚痴を言っても、きっとその状況は変わらない。下を見てもどんどん辛くなるだけ。
それよりも、今いる状況・環境の中で幸せを見つけることが=次の幸せに繋がると思うのです。

いつも、どんな時も上を向いていきましょう♪

心にはいつも喜びを
 
心にはいつも喜びを

利口であれ。そして、心に喜びを。
できるならば、賢明でもあれ。
そして、心には、いつも喜びを抱いているように。
これが人生で最も大切なことなのだから。

「漂泊者とその影」 byニーチェ




心に‘喜び’を抱いていると、いつもワクワク楽しい気持ちで過ごせますよね。
喜びがあるから、辛いことや悲しいこと・悔しいことがあっても頑張れるのだと思うし。


私は今、某カフェでアルバイトをしていますが…ここは近いうちに止めようかなって考えています。素晴らしい仲間に囲まれて最高の職場なんですけど、もっと将来やりたいこと(もちろんフード系)に繋がる場所・学べる場所で働きたいなって思い始めました。

夢=喜びがあると毎日が楽しいですね★

さぁ、お仕事に行ってきます!
満足が贅沢


満足が贅沢

今では享楽者とか快楽主義者という誤解された意味でのみ使われている‘エピキュリアン’という言葉だが、その語源となった古代ギリシアの哲学者エピキュロスは、生きていく上での快楽を追求した。
そして辿り着いた頂点が、満足という名の贅沢だった。
その贅沢に必要なものは、しかし多くはなかった。すなわち、小さな庭、そこに植わっている数本のイチジクの木。少しばかりのチーズ、3人か4人の友達。
これだけで、彼は充分に贅沢に暮らすことができた。

『漂泊者とその影』 by ニーチェ



‘満足が贅沢’とは、良い言葉だなぁと思いました。

‘贅沢’ってキリが無いと思うんです。それに、贅沢をすれば幸せな気持ちになれるか?と言ったらそうではないと思う。 例えば…「豪華客船行く世界一周の旅」。これって多分最高の贅沢なのだと思うけれど、私にとって豪華客船で世界一周することは=満足には繋がらない(と思う)。 それよりも、箱根あたりの鄙びた温泉に浸かって「あぁ気持ちぃ〜、温まる〜」と一息つけることの方が、今の私にとっては満足度が高いから。

‘満足出来ること・物・基準’って人それぞれ異なるけれど、じんわり「あぁ、幸せだなぁ…」と感じられることがその人にとっての満足であり贅沢なのだと思いました。
心が豊かになる、心が満たされる‘心の贅沢’と言うのかなぁ…



“愛せない場合は、通り過ぎよ”
 
“愛せない場合は通り過ぎよ”

ニーチェの言葉です。

例えば、あなたには嫌な上司や同僚、気に障る友人がいたとしますね。
そんな好きではない相手から、適切でない意見を言われたり、指摘されたり、意地悪なことを言われたとします。
そんな時はやはり相手に対して‘何なの?’‘それ嫌味?’‘今言うことじゃないんじゃない?’‘あなたには言われたくないわ’と思ってしまいます。そしてイライラしたり、反論したくなったりするもの。

でもね、そんな時は‘通り過ぎる’=‘無視する’=‘気にしない’のが1番良いのです。
‘相手が憎ければ、通り過ぎればいい’それだけのことなのです。


相手のことを「絶対に許せない!!」と思った後、次に人はどういう行動をとるでしょうか?



そう、「思い知らせてやる」とか「ギャフンと言わせてやる」と思いますよね。そして、次に仕返しの方法を考える。

でも、こういうことはしない方が良い。

‘イライラすること’は心にダメージを与えること。心が乱れると体に影響が出始めます。マイナスオーラも出始めます。
良いことなんて何もありません。


‘愛せない’のは自分が悪いわけではありません。愛せないのには何か理由があるはずだから。


愛せない場合は通り過ぎる。

ニーチェのこの言葉は、私の心にスーッと入ってきました。